2018/09/22

死亡確認時の患者や家族との関わり方〜学校では習わないグリーフケア, 経験談〜

 

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大野洋平(おおの ようへい)/照屋 周造(てるや しゅうぞう)
    [大野]練馬光が丘病院 総合診療科→JR東京総合病院 リハビリテーション科/日本肢体不自由者卓球協会 チームドクター / 患者スピーカーバンク(クローン病患者として講演活動など)
    [照屋]沖縄県立八重山病院内科/前所属:東京大学医学部附属病院アレルギー・リウマチ内科/リウマチ専門医/総合内科専門医/青山学院大学ワークショップデザイナー講座修了

医師の仕事のひとつである死亡確認。様々な場面に遭遇しますが、死亡確認したあとに、家族とどう接するのがよいのでしょうか。

この記事は、現場で働く医師同士が相談しあうiOSアプリ “AntaaQA” で実際に行われたやりとりの中からプライマリケア医におすすめの内容を、ご紹介します!

死亡確認時の患者や家族との関わり方〜学校では習わないグリーフケア, 経験談〜

患者さんの死亡確認をした後の第一声の上手い声かけって何かありますか?

若いか、老衰か、家族がどんなだとか、突然のこととかでsituation別で違ってくると思いますが。

この前91歳の男性をお看取りした際に私が言ったのは「急に状態が悪くなって大変だったと思いますが、〇〇さんはご家族がこんなにいっぱい来てくれて幸せだったと思います。」だったのですが…振り返ってみて悩みました.

自分が謝ってもしょうがないし、長々喋るのも良くないし、いいなと思うsentenceがあれば教えてください

初期研修医1年目

こういう時の声かけって難しいですよね。正解はないかと思います。

患者さん、家族と信頼関係を築けている中でお看取りした場合は「〇〇さん、最後まで頑張りましたね」など、患者さんが病気と闘って来た事実にフォーカスして声かけしています。

もしかしたら声かけが必要ない場合もあるかもしれません。

整形外科8年目

私も患者さんが亡くなった時に、どう声をかけたら良いのか、告知したら良いのか、とても悩みました

人の死に立ち会う、というのは非常に特殊な状況であり、その医師そのものを試される場だと思います。

言葉じゃない場合も多く、間であったり、態度であったり、気持ちであったり、そのようなものが重要なのかもしれません。

死に至る前の家族への声かけ、「徐々に呼吸が浅くなって来ました。今、意識はありませんが、呼吸は穏やかなので、それほど辛さは感じていないと思います」など、事前の声かけも有用と思います。

総合診療科15年目

僕はできるだけ家族が後悔しないように

「〇〇さんは、最期は苦しまずにお亡くなりになられました」というようにしています。

「おじいちゃんは苦しんで亡くなった」と家族が思うと、ずっと後悔し続けるので家族ができるだけ後悔せずに死を受け止められるような言葉をかけています

整形外科7年目

長尾哲彦先生が書かれた「臨床の作法」という本に看取りについて以下の記載がありました。

・患者を看取った後、ありきたりの慰めの言葉を積み重ねるより、心のこもった視線や仕草の方が、どれだけ遺族の気持ちに寄り添えることか。

死亡確認と臨終の宣言は、医師がその場を主宰しなければならない厳かな儀式。儀式の参列者は、主宰者の一挙一動を見守り、片言隻句に耳をそばだてている。

この本は市販されているのでよかったら読んでみてください。

大野 洋平

ホスピス科です。

死亡確認直後は、特に声かけしません

緩和ケア科8年目

病院死で家族が死を受け止められている場合は死亡宣告以上のことは言いません。なのでなくなりました→お辞儀、のあとの第一声は沈黙です。

家族は家族で葬儀屋の手配したり他の親戚に連絡したりで忙しいので。正直自分の父親が亡くなった時(当時医学生でした)も先生が何を言ったか覚えていません

もちろん向こうから質問があれば答えますし、家族のケアが明らかに必要な状況であれば、ご本人の人生についてお話ししたり思い出を振り返ったりすることもありますが、その場合もできるだけ向こうが話し始めるのを待ちます。

照屋周造

ここでは死亡確認後の家族への声かけに関して、初めての看取りの経験と、そこから学んだグリーフケアの知見、若手でもできることを共有します。

Dr. Ohnoの “ポイントレクチャー”

練馬光が丘病院 総合診療科 大野洋平 

1. 学校では習わない!死の宣告やグリーフケア

死に接することは医療に従事する以上避けられません。しかし、高齢化・小家族化に伴い私たちのような卒後年数の浅い医師の中には、自身の親族など周囲の死をほとんど経験したことが無いまま、突然仕事中に医療現場で死に遭遇するケースがありえると思います。

厚生労働省が掲げる臨床研修の到達目標には「特定の医療現場の経験」の一つとして「臨終の立会いを経験すること」が必修項目となっています。しかし実際には学生実習や初期研修で、死の宣告やグリーフケアが大きくテーマとして取り上げられることはほとんどなく、エビデンスの無い部分であるがゆえに教育される機会が少ない領域だと考えます。

「死亡告知・遺体確認における遺族への心理的ケア」1)というパンフレットは東日本大震災をきっかけに柳田多美先生らがまとめられたもので、死の告知にあたって16項目の留意点が述べられています。

告知を行う人はどのような状況であってもそれを聞く人の心情や反応に配慮し、死の告知は重大なことであるという認識を持って伝えることが大切であると述べられています。

2. 私の経験した初めてのお看取〜60代内科医師〜

私自身は現在卒後4年目ですが、初めて医師として死に直面したのは研修医1年目の時でした。患者さんは呼吸器内科ローテーション初日に入院してきた特発性肺線維症の60歳代男性で内科医でした。

偶然にもかつて私の父と共に仕事をしたことがあった方であり、病室内のトイレに行くだけで酸素が7−10L必要になるような状態でした。それにも関わらず、入院時から私の勉強になるようにととても熱心に「指導」されました。

「1日2回は病室に来なさい」「fine cracklesは私の呼吸音で覚えなさい」「点滴を取るときは必ず入ると思って臨みなさい」と、知識も経験もない私にその患者さんは日々いろいろなことを教えてくださいました

私はなんとかその患者さんの役に立ちたいと思っていました。ただ治療法がないことや厳しい予後であることをご本人、ご家族も含め全員が把握している状況であり、実際には何もできない日々に歯がゆさを感じていました。

ステロイド増量により症状が小康状態となったため、私の呼吸器内科ローテーション最終日にその患者さんも退院となりました。その3ヶ月後、電子カルテで「救急患者一覧」を見た際にその患者さんの名前があることに気づきました。

私は病室に伺いたいと思ったものの、その時は他科ローテーション中であったこと、苦しそうな状態であり私が行ったところで何もできない、何と声をかけていいかわからないと思ったことで足がすくみました。4日後、再度その患者さんのカルテを開いたところ、前日の夜に亡くなっていました。

 私は「なぜ会いに行かなかったのだろう」と強く後悔しました。そしてその後悔は医師-患者関係を超えた、人間としての感情であることに後になって気づきました。それ以降、私は気になる患者さんと出会うと、研修が終わった後も病室に足を運ぶことをためらわなくなりました。

3. 患者や家族との関わり〜若手だからこそできることがある〜

このテーマを執筆するにあたり、私は回答で紹介した長尾先生をはじめ多くの先輩の先生方にご意見を伺いました。年配の先生からは「お看取りでは何も言う必要はない」とのご意見をいただきましたが、20歳代の医師と60歳代の医師ができるお看取りは違うのではないかと思いました。

若い医師は若いなりに、人間としての感情を持って誠心誠意を尽くすことが全てではないかと思います。十分に死を予期でき、それをご家族とも共有し緩和ケアができていた場合は、私個人としては「〇〇さんはこれまで懸命に病気と向き合ってこられました。最期は痛みや苦しみが少なくなるよう私たちは治療させていただき、心なしか穏やかな表情でいらっしゃるように思います。本当にお疲れ様でした。」といったことをお話しするようにしています。

また当直などでこれまで接したことのない患者さんを看取る際は、少しでもカルテなどから死に至るまでの状況を把握し、ご家族の心情を推察することが重要と考えます。

結論として、自分が関わってきた患者さんの死については、死の宣告に至るまでの過程、すなわち生前のその患者さんやご家族との関わりこそが重要あり、死の宣告はその延長線上にただあるものと考えます。

4. 参考文献/お薦め書籍

  1. 「死亡告知・遺体確認における遺族への心理的ケア 」
  2. 長尾哲彦「臨床の作法」医学と看護社、2013年
  3. 原寛「花田先生の緩和ケア」医学と看護社、2013年
  4. 中井久夫「こんなとき私はどうしてきたか」医学書院、2007年
Dr.Teruyaの “ポイントレクチャー”

縄県立八重山病院 内科 照屋 周造

1. 私の経験した初めてのお看取〜私の父が亡くなったとき〜

私の父が亡くなったのは私が大学5年生の時です。大腸癌で人工肛門造設、前立腺癌で尿閉となっていた父は、リンパ節転移による下肢浮腫で歩行もままならなくなり、亡くなるまでの最後の数十日を大学病院で過ごしました。

当時、私は地元の沖縄から遠く離れた東京で暮らしており、臨床実習の合間で久しぶりに帰省した日に父はもう意識がありませんでした。

尿はほとんど出なくなり、今思い返すとCheyne-stokes呼吸だったのだろうと思いますが、大きな呼吸と小さな呼吸を繰り返していました。90kgもあった大柄な父の頬がかわいそうなくらいこけていたのを覚えています。

同じく県外の大学にいて同じ日に帰省してきた弟と私、母親の3名で病室に泊まることになりましたが、父が亡くなったのはまさにその日の深夜でした。

私は父が息を引き取る場面に立ち会うことができたのです。モニターのアラームが鳴り、看護師さんがバタバタと部屋に入ってきたことは覚えていますが、父の担当医が何を言ったのか、死亡時刻の宣告すら覚えていません。

私が思い出せるのは母が父に対して話しかけていた言葉や父のいとこが父に対してマッサージをしてくれたことです。

何が言いたいかというと、私は私自身に誰が何を言ったかではなく、父に対して誰が何をしたか、何を言ったかを覚えていたのです。そういう意味で、父の死は紛れもなく父のものでした。

以上が、私が人生で最初に経験した看取りの瞬間のドキュメントです。私自身は緩和ケアや悪性腫瘍を専門にしているわけではありません。ただ、父親が亡くなった経験から少しは言えることがあるかと思い、この質問にコメントしました。

2. 死の瞬間も患者が中心

私は「沈黙」を回答しましたが、私の回答の軸は、「その場の主役は誰なのか」ということです。患者中心の医療と言う概念を持ち出すまでもなく、亡くなるその瞬間まで治療やケアの中心には患者さんがいたはずです。

私の理解では死という出来事も、その中心は患者さんなのです。亡くなった直後であれば患者さんのご遺体がその場にいらっしゃいます。

医療者の大きな役割の一つが患者さんにより良い生き方を与え支援することだとすれば、看取りの瞬間も同じで、より良い死を支援するための行動を取れば良いのではないでしょうか。

私自身は哀悼の意を示すため、ご家族との距離感を保つための手段として沈黙が有用だと考えていますが、患者さんの死をより良くするために必要であれば積極的に声をかけたり、治療歴や人生を振り返ったりすることもありだと思います。

亡くなった瞬間というのは死の始まりに過ぎません。仏教で言えば四十九日の法要に始まり年忌法要が通常は三十三回忌まであります。死は看取りの瞬間の数十年後まで続いていくのです。医師は患者さんの死の始まりに立ち会い、死亡宣告という始まりの儀式を執行する使命を持っています。

死亡宣告だけではなく死亡診断書の記載や死後のケアなど看取りをスムーズに進める手続きのプロフェッショナルとしての働きも必要です。しかし、その前に患者さんの人生を尊重し、生前と同じように患者さんのためにどうすれば良いかを考えながら接することこそがプロフェッショナリズムなのではないでしょうか。看取りの場を作る一人のスタッフとして良い働きができるように、私自身も努力していきたいと思います。

3. 参考文献

  1. J Am Osteopath Assoc. 2007 Dec;107(12 Suppl 7):ES33-40.

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また、現場により良い知識が届くように、記事を改善しつづけていきたいと考えています。最新論文の追加や加筆修正により、より質を高められる点がありましたら、ぜひAntaa編集部までご一報ください。

この記事を書いている人 - WRITER -
大野洋平(おおの ようへい)/照屋 周造(てるや しゅうぞう)
    [大野]練馬光が丘病院 総合診療科→JR東京総合病院 リハビリテーション科/日本肢体不自由者卓球協会 チームドクター / 患者スピーカーバンク(クローン病患者として講演活動など)
    [照屋]沖縄県立八重山病院内科/前所属:東京大学医学部附属病院アレルギー・リウマチ内科/リウマチ専門医/総合内科専門医/青山学院大学ワークショップデザイナー講座修了
 

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