2018/12/02
妊婦や授乳婦にインフルエンザの説明時に気をつけること

毎年、11月を過ぎるとインフルエンザウイルスの患者さんがたくさん救急を受診し、昨年度の患者数は2230万人と報告されています (国立感染症研究所)。
ここでは、救急外来でインフルエンザ陽性となった妊婦や授乳中の方へどのように説明したらいいかをご紹介します。
■妊娠中のインフルエンザは重症化しやすいので注意
妊婦は子供や高齢者と同じように、インフルエンザになると重篤な合併症を起こしやすく1)、心肺機能の悪化により入院となるリスクは、2.4倍と言われ、妊娠週数とともに相対的リスクは増加します2)。
インフルエンザは風邪の一種なので、健康な方は自分の免疫力で自然に治ってしまうことがほとんどです。
しかし妊娠中は、胎児を子宮の中で育てるために、「免疫寛容」が起こり、ヘルパーT細胞がTh1(細胞性免疫)からTh2(体液性免疫)優位にシフトしています。
そのため、細胞内に寄生する微生物(ウイルス、細菌、真菌、寄生虫)などに対して防御力が弱くなっており、重篤な合併症を起こしやすくなっています。
救急室では、腹痛、お腹のはり、性器出血、胎動減少(胎動がいつもより少ない)等を問診し、1つでも当てはまる場合は産婦人科医へ相談してください。周りに相談できる産婦人科医がいらっしゃらない医師の方はAntaaQAで相談ください。
■妊娠中や授乳中のインフルエンザの薬やワクチンについて
妊娠初期にインフルエンザにかかると奇形リスクの発生率が高くなるという報告もあります3)が、妊娠中の高熱のみでも神経管閉鎖障害や先天性心疾患、口唇口蓋裂リスクの上昇が指摘されているため4)、38度以上になる時はアセトアミノフェンなどの解熱剤を使うことをおすすめしています1)。
市販の解熱剤に含まれるNSAIDs(ロキソニンやボルタレンなどの非ステロイド系抗炎症薬)は胎児動脈管の早期収縮が特に問題となるため妊娠中は禁忌となっており注意が必要です1)。
授乳中の方は、NSAIDsもアセトアミノフェンも、どちらも安全に使用できるので、いつもどおり処方して構いません5)。
抗インフルエンザ薬のタミフルやリレンザは発症から48時間以内の使用で、発熱が1~2日間短くなったり、重症化予防になります。
タミフル(オセルタミビル)もリレンザ(ザナミビル)も、妊娠中や授乳中であっても通常どおりの量と投与期間で使用できます5)。また、タミフル・リレンザは予防投与という使い方も可能で、妊婦/授乳婦にも安全に投与できます1)。
妊娠中に タミフル、リレンザ、イナビル(ラニナミビル)を使用しても胎児の奇形リスクは上昇しないと報告されていますが、ラピアクタ(ペラミビル)は「ラットで胎盤通過性,ウサギで流産及び早産が報告されている」ため注意が必要です。
タミフル、リレンザ、イナビルを使用しても、授乳への移行量はごく少量のため、授乳は通常どおり行って問題ありません1,5)。
商品名(一般名) |
リレンザ(ザナミビル) |
タミフル(オセルタミビル) |
イナビル(ラニナミビル) |
ラピアクタ(ペラミビル) |
投与方法 |
吸入 |
内服 |
吸入 |
点滴 |
服用開始 |
発症48時間以内 |
|||
予防効果 |
インフルエンザ患者と濃厚接触した場合、予防投与で70-90%の予防効果 |
なし |
||
妊婦胎児への影響 |
影響の報告はない |
影響の報告はない |
影響の報告はない |
ウサギで流産・早産が認められた |
<表1 抗インフルエンザ薬の比較>
インフルエンザのワクチンには、①発症を防ぐ、②発症しても重篤化予防になる2つのメリットがあります。
ワクチンを注射してから効果がでるまでに2~3週間かかるので、流行する少し前の10月から11月に注射を受けることが勧められています1)。インフルワクチンは不活化ワクチン(ウイルス自体は死滅している)であり、妊娠中や授乳中でも安全に接種できます1,5,7)。
妊娠中にインフルエンザワクチンを接種した母から生まれた子は、インフルエンザでの入院率が低かったという報告もあります8)。アメリカ産婦人科学会では、産婦人科医の役割として、妊婦に季節性インフルエンザのワクチンについて説明し啓蒙することを挙げています9)。
妊娠中や授乳中にインフルエンザにかかると「赤ちゃんは大丈夫だろうか」「授乳しても大丈夫なのだろうか」と多くのお母さんが不安に感じています。救急室で、一言説明を追加するだけで、安心に帰宅できるので、ぜひこの記事や参考文献を参照して使ってください。
■参考文献
- 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会,産婦人科 診療ガイドライン~産科編2017
インフルエンザについて p63~
妊娠中の薬について p72~
授乳中の薬について p87~ - Mertz D, Geraci J, Winkup J, Gessner BD, Ortiz JR, Loeb M. Pregnancy as a risk factor for severe outcomes from influenza virus infection: A systematic review and meta-analysis of observational studies. Vaccine. 2017;35(4):521-528.
- Luteijn JM. Influenza and congenital anomalies: a systematic review and meta-analysis. Hum Reprod. 2014 Apr;29(4):809-23. doi: 10.1093/humrep/det455. Epub 2013 Dec 22.
- Dreier JW, Andersen AM, Berg-Beckhoff G. Systematic Review and Meta-analyses: Fever in Pregnancy and Health Impacts in the Offspring. Pediatrics Mar 2014, 133 (3) e674-e688; DOI: 10.1542/peds.2013-3205
- 国立成育医療研究センターのHP
妊娠と薬情報センター:インフルエンザのワクチン・薬情報
授乳中に安全に使用できると考えられる薬 - ラピアクタ添付文書
- アメリカCenters for Disease Control and Prevention
Flu Vaccine Safety and Pregnancy
Influenza(Flu) - Shakib JH, Korgenski K, Presson AP, Sheng X, Varner MW, Pavia AT, Byington CL. Influenza in Infants Born to Women Vaccinated During Pregnancy Pediatrics Jun 2016, 137 (6) e20152360; DOI: 10.1542/peds.2015-2360
- Committee Opinion Influenza Vaccination During Pregnancy. American College of Obstetricians and Gynecologists. 2018 April
■参考HP
妊娠中の薬についての考え方が解説されています
執筆・イラスト・監修
■執筆:福井 陽介
大和高田市立病院 産婦人科 医員
同附属看護学校 非常勤講師
■イラスト: 春柴
■監修:柴田 綾子
淀川キリスト教病院 産婦人科医
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